~イシコログ~

日々の益体もない出来事をツラツラと綴るブログ

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稀人/壁男
[ 11 . 14 | Mon ]
<ホラー番長シリーズ>稀人 [DVD]<ホラー番長シリーズ>稀人 [DVD]
(2005/04/02)
塚本晋也、宮下ともみ 他

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 *ネタバレ有り

 『呪怨』の清水崇監督作、まあそれよりは稀人ってタイトルが気になったのでレンタルしてみた。

 稀人と言うのは民俗学者である折口信夫が提唱した日本の様々な地方に伝わっている「異界から時折やってくる神のような存在」の事で、伝奇物には割とよく登場する概念ではある。

 物語の方はと言うと「本当の恐怖とは何か」みたいなホラー映画監督の自家中毒みたいな状態に陥ったカメラマンである主人公が、東京の地下道からおかしな世界に迷い込んで、そこから血しか口に受け付けない少女をさらってくると言う粗筋なのだけど、割と見事に稀人は関係ない。

 この映画の脚本担当である小中千昭と言う人はクトゥルフネタを随所に挟む事で有名らしく、この作品でもクトゥルフ系の専門用語が飛び出したりするのだけど、真相は見事にクトゥルフとは関係なくて、それを知識として持ってる主人公が作り上げた妄想の設定だったりする辺りが痛々しいだけだったりもする。

 そんな叙述トリックの後に理屈も何もないどんでん返しオチが待っているんだけど、ここでシナリオの流れ的に「本当の恐怖」を表現する部分のはずなのにこれが全く怖くない。と言うより一度自作自演の叙述トリックをやられた後じゃ、それが真実であるかどうかなんて気にする事は出来ないものだと思う。

 こんなに奇を衒わなくても、もうちょっと普通にやればいいと思うんだけどね。

壁男 [DVD]壁男 [DVD]
(2008/03/19)
堺雅人、小野真弓 他

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* ネタバレあり

 原作は諸星大二郎の短編作。原作からしてグダグダなコメディっぽい作品だったのに、何やら本格ホラーみたいな装いなので、どう料理したのか気になって視聴。

 壁男ってネタは発想からして半分ギャグなんだろうけど壁の中に生息している人間の事で、壁の中でオハヨウからオヤスミまで人間の生活を見続けている花王のライオンのような存在。壁が崩されると壁男も死ぬけど、頑張れば別の壁にワープして逃げる事も出来るし、壁から手を伸ばしたり壁自体を壊したりもできる。

 シナリオの中心となる登場人物は、そんな壁男の都市伝説を追うバラエティー番組のニュースキャスターである女性と、壁男の都市伝説の調査にのめり込んでしまう写真家(♂)と言う二人のカップルなんだけど、この壁男と言うギャグみたいな話に全力でのめり込んでいく写真家の行動が理解不能なのが何とかならなかったのかなあと思う。

 これ「狂っていて怖い」とかじゃなくて、こんな下らない話に狂う理由がまず分からないから、怖いとか怖くない以前の問題で、主人公の行動が全く理解も共感も持てないってのがシナリオとしてそもそも問題あるんじゃないかなあと言う気はする。

 この写真家も芸術論的な事を口走ってたりするから、そういう拘りがおかしな方向に走らせたのかと言う推測も立つには立つんだけど、もうそうなって来ると壁男がどうとかじゃなくて、まず先に仕事でノイローゼなんだと思うんだよね、この作品の主人公も、上の『稀人』の主人公も。

 オチとしてはハッキリ明言はされないんだけど、作中のセリフから推測するに「壁男=モニターの前のあなたです!」みたいなお話なんだと思う。原作やこの映画のシナリオの途中経過から完全に逸脱したメタオチだけど。それでまあその結論から何かメッセージのような物を読みとれるかと言えば残念ながら自分には別にないわけで(一日中TV観てるって人なら感じ取れる物があるかもしれない)。

 今回の2本を観て映像作家の皆さんはもうちょっと肩の力抜いて仕事した方がいいんじゃないかなあと余計なお世話な事を考えたりもしたし、逆にこういう実験的な作品に挑戦できるのも、肩の力が入りすぎるのも、ホラー映画と言うジャンルや業界の面白い所かもしれないと思ったりもする。


[2011 / 2011 / 14 / 23:57 / 映画・ドラマ / CM(0) / TB(0) ]

雨の町/ダムド・ファイル/あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
[ 10 . 22 | Sat ]
 三作一括


雨の町 デラックス版 [DVD]雨の町 デラックス版 [DVD]
(2006/08/25)
和田聰宏、真木よう子 他

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 いかがわしい怪奇現象などを専門に扱っている雑誌の記者である主人公が、内臓のない子供の死体の取材に出かけ、そこから山奥のある村で30年以上前に起きた集団失踪事件の謎を迫っていくと言うもの。

 原作が菊地秀行先生のホラー短編で、山奥の小さな村に伝わる伝説がうんぬんという設定には伝奇物が好きであれば惹かれる物があると思う。童話としても有名な『うりこひめとあまのじゃく』のおとぎ話を題材に使っていて、その活かし方も上手い。

 ただ元が短編だったせいか深く作り込まれた設定ではなく、映画では様々な伏線が張られる割に全て投げっぱなしであり、テーマもあちこちに拡散してしまって何が何だか分からないまま終わってしまったような感がある。特に主人公の孤児設定は子供を殺して入れ替わる化け物との対比が待っているからこそ尺を割いて描いてるのかと思いきや見事に投げっぱなしであるのが凄い肩透かしだった。

 謎を期待させる導入部までは非常に面白いのだけど、その謎が投げっぱなし、あるいは解明されたと思ったら次のシーンではそんな設定は無視されてしまうので、場面が進む毎にどんどん薄っぺらになっていくようなシナリオになってしまっている。

 演出面では「少年関係のホラー演出が呪怨と同じ」、「女の子の化け物が朧忍法のように髪の毛を伸ばして攻撃しようとする(ギャグだったのかもしれない)」、「強引に恋愛要素と泣かせ要素を入れようとする」など、個人的にホラー映画でやってほしくない物がガンガン揃っているのも辛い。

 あと音量のバランスが極端なのもやめてほしい。映画館でなら良いかも知れないけど普通に家で視聴する分には、普段の会話のシーンが音量をかなり上げないと聞こえないボソボソ声で、ホラーシーンになった途端に爆音になると言うのは近所迷惑を考えると音量調節をしながら見ないといけなくなるので、本当に面倒くさい。


ダムド・ファイル DVD-BOX Vol.1ダムド・ファイル DVD-BOX Vol.1
(2004/04/28)
三谷昇、梅宮万紗子 他

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 名古屋のローカル局で深夜に放送されていたホラーTVドラマのDVD化作品。

 これは良作だと思う。地方ローカルの深夜番組でのびのび作れたのが良かったのかもしれない。30分の1話完結型だから気軽に見る事が出来るし、シナリオもバリエーションに富んでいて飽きずに見る事が出来る。シナリオも演出も良く出来ていて、『世にも奇妙な物語』を更にホラー方向に特化させたような面白さがある。深夜番組で描写も割と過激だから演出の幅も広いし、かといってエログロに走ってるわけでもないと言うバランス感覚もいい。

 人間の怖さがよく描けてるのも面白いところで、登場人物がどれだけアンタッチャブルな行動に走るのかも間違った楽しみ方ではあるけれど見物ではある、「幽霊よりお前の方が怖いよ」ってシーンも多く、逆に見ていて深く頷けるほど幽霊に対してまともな対応が取れる常識人が主人公の回もあったりするのだけど、この回はギャグ回だったりする。ホラーってのはもしかしたらそういう物かもしれない。

 あとは個人的には大の男でもあるせいかホラー番組で心底怖がる事が出来るって事も非常に少なくなってきていて、そこの壁を突破してくれるほどではなかったのは若干残念かなと言う気もするけど、まあこればっかりは見る側の姿勢の問題もあるだろうから何とも言えない。気軽に良質なホラー短編集が見れるだけでも儲け物と言えると思う。

 何やらTV放送時はED曲がキング・クリムゾンだったりディープ・パープルだったりしたらしいのだけど、曲の使用料からかDVD版ではそれが聞けないのがちょっと残念ではある。無理もないけど。


あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 5 【完全生産限定版】 [DVD]あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 5 【完全生産限定版】 [DVD]
(2011/10/26)
入野自由、茅野愛衣 他

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 夏休みに不登校の高校生男子である主人公の元に、数年前に死んだはずで彼にしか見えない幼馴染の幽霊が現れて、昔一緒に遊んでいた友人たちを集めて願いを叶えてほしいと頼みにくるという青春恋愛物アニメ。上の2作と全く毛色が変わるけど。

 ノスタルジーを扱った作品と幽霊ってのは相性が良いとは思う。また死んだ人間がどうして欲しかったかを考えるのもそれなりに意味はあると思う。当然、故人は何をどうされようと何も感じる事は出来ないわけだから、実質的には今も生きていてこの先死んでいく人間の心残りを減らすためにする行動としてだけど。

 ただこの作品を見ていてモヤモヤする一番の理由は「主人公が自分だけに見える幽霊の言葉を死んだ人間の気持ちとして周囲に伝えようとするから」だと思う。こんな事をするから主人公は周りの人間に疎まれてしまうわけだけど、ただ作中では実際に幽霊がいると言うジレンマがあって、これをどう解決するのかが前半では重要な問題だった。

 ところがこれを幽霊自身が超常現象を起こす事であっさり解決してしまうせいで、幽霊が見えるとかいうトンチキな男に死んだ人間の事を思い出させられて苦しんだ人たちの気持ちって何だったの?とか、その主人公は何のためにそんな苦労してたの?とか、幽霊ってそんな簡単に現れて超常現象起こせる物なの?とか、様々な疑問符が沸いてきてしまう。どちらにしてもこうした痴話喧嘩の種にするには人の生き死には重すぎると思う。

 そもそもこんなちょっとした理由で幽霊が現れるのもおかしい。作中で主人公は「なんでお前にだけ幽霊が見えるんだよ!」とやっかみを受けるんだけど、ある意味では全くその通りな話で、それなら全国の大切な人に先立たれてもう会えない人達って一体何なの?と思えてしまう。

 もう一つ気になるのが、これが『一般の人でも見れる青春物』なのか『萌えアニメと言われるタイプの作品』なのか、非常に中途半端であった所だと思う。ヒロインであり幽霊でもあるメンマと言うキャラクターは幼児的な可愛らしさを前面に押し出した庇護欲を煽るタイプのキャラで、こういうキャラクターは前者のタイプの作品であれば存在自体許されなくて、後者であれば歓迎されると言うキャラクターであると思う。

 そしてこの作品はドラマ部分は前者の作りをしているのに、キャラクターだけは後者を向いてる。いまいちどこを狙ったのかよく分からない、狙ったとしても極めて狭いターゲット層にしかならない。リアリティと心地よい嘘が互いの味を相殺しあって、例えるなら辛口のチャーハンに練乳を混ぜたような作品に出来上がってしまっている。

 あとこの作品を語る上で外せないのがユキアツさんと言うキャラクターだろう。彼はメインキャラクターの一人であり、美形・高学歴・高身長と鳴り物入りで舞台に登場し、主人公に「死んだ人間の事を無遠慮に語るな」とまともすぎる理屈で敵対的な態度を取ったかと思ったら、その後はものすごい勢いで自爆していき、最終的には株価が完全に暴落してしまった可哀想なキャラクターである。この自爆っぷりが凄く、脚本家がこういった人物に何か恨みでもあったのかと思える位だ。

 実在の人物として見るなら確かにこんな性格悪くて歪んだ性癖を持った奴はちょっと勘弁なわけだけど、メタ的な視点で見ればこんな可哀想なキャラクターもいないわけで、美形ライバルキャラが本気でライターに恨まれたらどうなるかという恐ろしさを垣間見る事が出来る。ただただユキアツさんのご冥福を祈るばかりである(死んでないけど)。


[2011 / 2011 / 22 / 19:46 / 映画・ドラマ / CM(0) / TB(0) ]

プランク・ダイヴ - グレッグ・イーガン
[ 10 . 15 | Sat ]
プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)
(2011/09/22)
グレッグ・イーガン

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 * 基本的にネタバレ

 イーガンの新短編集と言う事で購入。新作と言っても90年代の作品が今回初めて邦訳されたという物も多いので、発表年代からすれば新作と言う訳でもないのだけど。

・クリスタルの夜
 コンピューター内に仮想宇宙と生命を作り上げる事についての倫理的な問題を扱った作品。

 昔からSF作品では宇宙や人工知能を作り上げる作品もあったりして、当然その中で生命が生まれて苦しみを味わって死んでいくのに、そうした問題は作品上で自然と流されていくわけだけれど、そんな事をする権利が誰にあるの?って問題を扱ったのがこの作品。

 後書きにあるのだけどイーガン本人の執筆経緯としては、人工知能を扱う上での生命倫理についてネット上で発言した所、気にする必要はないという風な意見が多く寄せられたのでこの作品を書いたんだとか。

 多分この人工知能を軽んじる人々の根底にあるのが「機械の上での意識には人権も価値もない」と言う旧来的な倫理観があるのだと思う。同じように「永遠の命は悪」とか「意識や魂は神聖なもので誰にも干渉できない」みたいな無条件の信仰があるのだろうし、そこに踏み込んだ作品を書いてきたイーガンとしては書かざるを得なかったんだろう。

・エキストラ
 お金持ちが臓器移植用の自分のクローンに脳を移植すると言うすごく普通な話。『世にも奇妙な物語』に出てきても全く不思議ではない。「意識がどこにあるか」みたいな問題も含むんだけどあまり具体的な言及はなくて、寓話的な短編として落ち着いているし、何より『祈りの海』に収録されてる「ぼくであること」の方が同じテーマでより完成されていると思う。

・暗黒整数
 短編集『ひとりっ子』に収録されてある『ルミナス』の続編。「2たす2が矛盾なく5になる世界」などと言った全く別の数学的な基盤に上に成り立つ宇宙での命題と、こちらの宇宙の命題の境界がコンピュータ上の演算で揺らいでしまうと言う物。

 現代が"Dark Integers"でinteger型ってのは大まかにいえば整数型の事であり、プログラミングではよく登場するのだけど、作品上ではそのままC++言語で走るプログラム上で定義された整数型として登場する。一般的なinteger型は32ビットの符号付き整数で、long intがその2倍。dark型は4096ビット。この桁数で計算すると結果が狂ってしまって宇宙が危ないと言う事であって、何が何だかよく分からないけどそういう事らしい。

 前作の「別の計算法則で成り立ってる宇宙があるかも」と言うネタを広げた続編物なので、そこで書ききれなかったディティール部分を突き詰めたのかもしれない。

・グローリー
 ある定理の証明を導き出して滅亡した種族の遺跡が残る星で冷戦やってる異星人の肉体のコピーに調査員2名の人格をコピーし、かつ宇宙船を作り上げるナノ工場をビビビッと光にして打ち込んで、その星へノコノコ調査に行って捕まるというフワフワした作品。

 イーガン流のSFギミックに宇宙人とのコンタクトと冷戦という何か懐かしげなキーワードが加えられているのだけど、何一つ問題が解決しないので、部分部分は面白いのに全体としては投げっぱなしジャーマンのような気がしてしまう。

・ワンの絨毯
 既に『ディアスポラ』に収録されてるのでちょっと損した気持ちになってしまった作品だった。

 地球以外で誕生した生命があるのかどうか調査に出かけた船団が、惑星の地表上に貼りついて生息している原始生命を発見するのだけど、これが実は原始生命なんかではなくて、「ワンの絨毯」と呼ばれるチューリングマシンと同じ原理で動き、多元宇宙や意識を計算して内面宇宙で生きる全く別種の生命体であった。

 細かい部分は後書きにもあるようにワンの絨毯について情報をまとめてくれているこちらのサイトをどうぞ。

 ワンのタイル 万能チューリングマシン 板倉 - JGeek Log

 こちらはこの他のイーガン作品についても深く専門的に考察されているサイトなので、毎回非常に参考になります(自分では理解が追いつかない事がほとんどだけど)。

プランク・ダイヴ
 量子力学の謎を解く+青方偏移し続ける事で無限の計算時間を得られないかとブラックホールの中へ光の中で走るデータになって飛び込む話。

 量子力学についての解説があり、作中ではブラックホールに飛び込んでも時間は無限にはならないし、外に出る事も出来ないと言う事なのだけど、そこに父親の束縛から自由になろうとする少女の話を盛り込んで少しばかり情緒的な趣のある作品になっているので、その辺りも結構面白い。

 ただ個人的にはこの父親やアテナというポリスの存在がちょっと戯画的すぎて余りリアリティを感じられないのが難点かと思う。イーガン作品ではこうした狂信的な人間がよく出てくるけど、人間って例え極端な考え方を持っていても、もうちょっと曖昧な部分を残している事の方が多いと思うので、その辺が毎回ちょっと違和感がある。

 そう言った部分を除けばドラマとしても非常に良く出来ていると思うし、ブラックホールに飛び込む理由の一つがビッグクランチを想定しての行動であるのも面白い。

伝播
 2099年の月面で宇宙探査船を打ち上げるという中国の国家事業に参加していた二人が、120年後にその国家事業を記念するイベントとして20光年離れた探査船の着陸地点に旅行するというもの。

 近未来が舞台なので他の作品と比べても親近感がわきやすい世界が舞台。共産国家が主導する事業という少しばかりの堅苦しさが上手い具合のスパイスになっており、時代の移り変わりを感じさせる物語展開もあって目新しいSFギミックは登場しなくても雰囲気だけで楽しめる作品になってる。ガイナックスのアニメ映画『王立宇宙軍オネアミスの翼』を思い出した。

 探査船が作り上げたボディにデータ化した人格を送る、光の速度で20年なので往復40年、この辺りはかなり独特なギミックではあると思うけど、イーガン作品ではもう毎回の事なのでやっぱり新鮮味は薄いはずなのだけど、ちょうどそうした技術が生まれて間もない時代を舞台にしているので、それに対するちょっとした葛藤や抵抗も含めて丁寧に描かれている気がする。

 物語としてもしみじみとした良い話で終わる辺りも良く出来ているかなと言った感想。

 最近のイーガン作品はビッグクランチに対応しようとする物が多いように思う。『クリスタルの夜』も『プランク・ダイヴ』もそうした物語だったし、『ワンの絨毯』が収録されてある『ディアスポラ』でもかなりの文章量を割いていた。

 人格をデータ化して永遠の命を得て、内的世界に生きるなり宇宙へ自分たちのコピーを送り出すなりと言った『ディアスポラ』で描かれたような世界がイーガン作品ではほぼ定番と化してきていて、イーガン本人の興味もその後の問題であるビッグクランチ(これ自体が本当に起きるのかどうか知らないけど)に移行してきたのかなと思う。

 まあ個人的には自分が生きている間にイーガン作品で描かれているような「非実在化」が可能になるのか、それとも不可能である事が証明されるかの方が気になってしまうのだけど。

 あとは全くの余談になるのだけど、『クリスタルの夜』などで故・石川賢先生の漫画と凄く似たようなテーマを扱っているのが興味深かった。ビッグクランチ対策もテーマとして同じであると言えるし、この辺については改めて文章に起こしてみたいなあと漠然と思ったり。


[2011 / 2011 / 15 / 19:05 / 本・コミック / CM(0) / TB(0) ]

神武 - 安彦 良和
[ 10 . 10 | Mon ]
神武―古事記巻之二 (1) (中公文庫―コミック版)神武―古事記巻之二 (1) (中公文庫―コミック版)
(1997/11)
安彦 良和

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 大国主を主役に据えていた『ナムジ』の続編で、武角身(=八咫烏)を主人公に神武東征を描いた作品。

 前作に比べると漫画チックなキャラクターやファンタジーな描写が少なくなってリアリティが増しているように思う。主人公ツノミもナムジほどコンプレックスが強くないせいか性格的に少し落ち着いた感じで、その他のキャラクターやその背景にある国ごとの力関係も前作の下積みがあるお陰か分かりやすくて舞台背景としての重みも増しているような感じだ。

 タイトルが神武なので当然初代天皇であるとされる神武天皇とその東征を描く事が目的の作品なのだけど、これはやはり扱うのが難しく、はっきりとした史料も残っていないため、「大筋としてはこうではないか」と言う推測の隙間に想像上の人格を与えられた人物達のドラマを詰め込んだ形になっている。このドラマ部分については大河物としても政治物としてもよく出来ていて、どのキャラクターも感情や政略や運命やらに翻弄されて死んでいく辺りは非常にリアルで面白い。

 ただ時代考証などで個人的に気になった箇所にツッコミを入れさせて頂くと、まずこの作品内の独自設定の面では筑紫・日向の南九州にある邪馬台国と畿内に分派した纒向の邪馬台国がまるで別物のように扱われているのが不思議だった。どちらも徐福の末裔が興したという設定で、またどちらにも不老長寿の薬が伝わっていて卑弥呼もそれを使っていると言うのに、長脛彦からすれば卑弥呼は倭人の蛮族で彼らにとって由緒ある徐福の血統ではないとされている。

 これは長脛彦が卑弥呼の血縁である神武東征に反対する理由づけとして必要だったのだろうけど、「じゃあ卑弥呼や日向邪馬台国の出自って何だったの?何を根拠に長脛彦は卑弥呼を別の一族と断定しているの?」と言うのが最後まで疑問として残ってしまう。大体蛮族と言ったってこの時点では魏国との繋がりがある日向邪馬台国の方が文明的には進んでいるはずである(なぜか韓国由来の文明を持つ出雲の方が進んでるらしいけど)。

 本来神武東征で長脛彦を降伏させるために持ち出すのが天孫族の証なのだけど、これもスサノオが使った布津御霊(記紀ではタケミカヅチが使うが、この作品ではタケミカヅチは卑弥呼の配下)に代わってしまっている。新羅の一族で天孫族の末と名乗っていたヒボコもいつの間にか消えてしまうし、天孫降臨と言うキーワードもどこかへ行ってしまったようで、この辺りの伏線も回収されなかったのが不満点だろうか。後書きにある次作が実現すれば描かれるかもしれないので、そこに期待したい。

 また時代考証や史実としての解釈には一か所だけどうしても気になる所があった。神武東征は侵略ではなかったと言う部分なのだけど、これはどう考えても無理があるように思える。この作品内では描かれていないのだけど、神武天皇は東征の途中で名草戸畔や丹敷戸畔と呼ばれる女性酋長の一族を滅ぼしているはずである。日本書紀にはっきり書かれ地元の伝承にも残っている話を安彦先生ほど詳しく調べられている人が知らないはずはないので、意識的に省いたと見て間違いないだろう。

 国を治める兄弟のうち弟が兄を裏切って殺害する話は描けても、作品内で人格者として描かれているイワレヒコ(=神武)が女王を二人も殺害するのはさすがにバツが悪かったのだろうか?これで「ほとんど武装してなかったし、征服でも侵略でもなかった」と書かれても腑に落ちない部分が大きい。「東征=政略婚とそれによる諍い」としてしまったからには仕方がなかったのかも知れないけれど。

 細かいツッコミばかりを入れてしまったけれど、この時代の日本を題材に一つの筋の通ったシナリオを組み上げるのにどれほど骨が折れるかは想像がつかないわけでもないし、そもそも矛盾なく描くのは無理だとさえ思える。何よりこの作品ほどによく調べ上げて書かれた古代日本を舞台にした創作物を自分は他に知らないので、そう言った意味でも紛れもない傑作だろうと思う。続編が実現される事を願いたい。


[2011 / 2011 / 10 / 14:19 / 本・コミック / CM(0) / TB(0) ]

Led Zeppelin - Physical Graffiti
[ 10 . 05 | Wed ]
Physical GraffitiPhysical Graffiti
(1994/08/18)
Led Zeppelin

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 なんで2011年に1975年のアルバムを今更持ち出すの?と思われるかもしれないけど、その今更の久々にZEPを聞いてみたら思いの外良かったのと、年齢を重ねるに当たっての好みの変化と言うテーマを絡めたいなと思って始めた与太話が今回なのです。

 いきなり自分の思い出話で始まるので恐縮なのだけど、自分の音楽の聴き方と言うのはフラフラとしてる中でもどことなくルーツ志向と言うか、何かと古い方に流れていく事が多く、ZEPも自分が生まれる前に活躍したバンドなのに関わらず中学生くらいには掘り出して聞いていたと思う。

 初めて聞いた時の印象としては「ボーカルのロバート・プラントの声が甲高いので聞きづらい」だったと思う、ビジュアル面でも70年代のロックミュージシャンの感覚とも違いを感じたりもしていた。それでも(特に『II』や『IV』の)キャッチーさとHR/HMっぷりに惚れ、「ダミ声で歌うその後のHMバンドの方が男らしいし勢いもあって格好いいな」なんて偉そうな事を考えながらもズルズル聞いていた。

 そうやってまた年齢を重ねていったのだけど、ZEPの各アルバムは何だかんだでよく聞くCDランキングの上位には入り続けていたし、好きなバンドTOP10なんて選んでたとしたら普通に名前が挙がっていただろうと思う。それでもどこかで「いつかは聞かなくなるんじゃないか」と思ってもいた。

 そうしてまた月日が経ち、ここ1~2年間は自分は音楽自体を聴く事が少なくなり、そうでなくても元来捻くれ者な性格だったので歌詞や作風一つとってもケチをつけて「自分には合わない」なんて嫌な偏屈っぷりを発揮していた上での事だから、聴かない音楽や聴けない音楽がそれまでに自分で選んで買ったCDラインナップからもチラホラ出てきてしまった。

 音楽の好みってのはやっぱり年齢によって変わっていくと思う。当然それは人によるし、別に年食ったからと言って必ずしも皆が一様にある種の音楽が聴けなくなるなんて事はなくて、当人の中で考え方や拘り(と言う思い込み)が変わってしまっただけなんだろうけれど。

 それで聴かなくなるんじゃないかと思っていたZEPなんだけど、これがそうした変化を経験した後でも不思議な事に聴いていて心地いいと言うか、元々すごく好きだったのが更に良く感じられてきた。

 「ZEPはHR/HMの元祖のように語られているけれど、ずっとトラッドフォークをやっているんだ」みたいな発言をネットのどこかで見かけたんだけど確かにその通りだと思う。だからこのボーカルはねちっこく歌い上げるんだし、テクニックやスピードがあるのにそれに任せた曲作りはせずに丁寧に演奏して、静かに盛り上げていくんだろう。昔はそれをすればもっと垢ぬけて新しく格好良くなるのになんて思っていたんだけど、それはやっぱり違うんだろう。何よりテンションの高い曲ばかりと思っていたのだけど、改めて聴けば案外抑え気味なのが面白かった。

 実際、ZEPは多くの本に書かれているように「フォークやブルースの流れを汲んで、HR/HMの元祖になり、プログレなど長大複雑偏重の流れを作ったバンド」と言うのが一般的な理解なんだろう。確かに音楽史としてかたるのであればそれは正解なんだろうけど、やっぱりそれは後の時代になってから改めて行われた解釈であって、実際のZEPは独自のやり方でトラッドフォークを新たに作り直そうとしただけなんじゃないかと思う。そしてそれが自分の耳に凄く合うんだろうし、多少年齢を重ねても変わっていない部分なんだろう。

 でも昔と違った聴き方で良いと思える部分が増えたんだから、実際聴き方ってのは変わっちゃってるんだろうなあ。別に良い事でも悪い事でもないんだろうけど。


[2011 / 2011 / 05 / 07:22 / 音楽 / CM(0) / TB(0) ]

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